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「柳生心眼流」とは?


遠く仙台藩と呼ばれている頃から伝わる古流武術 柳生心眼流。心眼流の祖は竹永隼人と言われている。
竹永隼人は諸流を学び、研鑚の元ついに柳生心眼流を開流。
柳生心眼流で確認されているものは柔術、剣術、居合術、槍術、鉄扇術、陣鎌術、棒術、半棒術、陣笠、鼻捻、手之内、その他。
これらが全て伝わっている系統も存在しているようだ。
剣術から始まった心眼流。ある巻物を見ると柳生心眼流に元々伝わっている術技・流儀としての闘い方を垣間見ることができる。
現在日本中にて主に稽古されているのは柔術であろう。伝系にもよるが、剣術は奥伝の技とされているところが多い。

柳生心眼流の起源はあまりあきらかでない、とされている。
藩政時代も宮城県一帯にとどまらず、江戸でもそこそこ隆盛した流儀であるが、文献が少ない。
また、数少ない文献も全て推測の域を出ない。
今まで出版されている本等にも誤解や嘘などが見られ、鵜呑みにすると流儀の性格を見失う恐れがある。
ただ参考になる記述もあるのでそこも誤解なく。何気ない本に、極秘伝に属する事が
普通に書かれていることも稀にだがある。(参考にすると良いと思います)
結局情報の取捨選択はそれを見る人間次第ということなのであろう。
しかしその取捨選択が正しいという保証は自身の研究からしか出てこない。
自身の研究が正しいという保証は稽古か実戦からしか出てこない。いずれにせよ時間がかかるものである。